襖は、8世紀から9世紀の頃、几帳、衝立、屏風、明障子など、寝殿造内部の調度品から生まれた日本独自の間仕切建具です。
襖の特徴は、軽く、引違いで動かせ、表の紙を張り替えることで大きく雰囲気が変わることです。
現在の住宅様式の中では、和室の減少や建築構法の変化により、襖の必要性が減少しつつあるもの事実です。また、襖のイメージも大きく変わってきています。今後、新しい時代の住宅に合った襖の在り方を創意工夫していく事が望まれます。


襖とは
襖(ふすま)と障子は、現在私たちが使っている意味とは違う物を指している言葉でした。
まず、障子とは本来、間仕切り用の建具全般の事を指しました。そのうち、組格子の両面に紙や布を張ったものを襖障子と言いました。この襖障子の中で、特に薄紙を張って光を通すものを明障子と呼び、それが今は一般的に障子と呼ばれているものです。
そして、もともと襖障子と呼ばれていたものの中で、明障子以外の物を今では襖と呼んでいます。襖は今でも襖障子と呼ばれたり、 唐紙障子、唐紙と呼ばれたりもしています。


古くから使い続けられる、日本生まれの襖。
国宝や文化財に指定されるような日本古来の建築物と、今の私たちの住まいの中で共通して使われている建具は、唯一、襖だけと言っても過言ではありません。ちなみに障子という名は中国伝来で、元々は境界に用いられる壁や垣の事で、日本でも同じ意味で使われていました。しかし、襖は日本生まれの、日本にしかない言葉です。衾所(ふすまどころ)と呼ばれた寝所にその語源があるとされています。


簾・屏風から襖の誕生へ
古くからと先に述べましたが、襖の始まりは平安時代です。平安時代の貴族の住宅は、部屋に仕切りを作らずに通気性を優先した、 寝殿造でした。そこで、空間を仕切ったり、目隠しをするために、屏風や簾が使われており、当時、これら部屋の間仕切りに使う建具を総称して「障子」と呼んでいました。その中から、木と紙や布を材料として作られた間仕切りとして、襖障子(今で言う襖)が発明されたのです。当初は絹などを貼り、寒さをしのぐために柱と柱の間にはめ込んで使われました。簾や屏風は持ち運びが容易なため手軽で便利ですが、柱間にはめ込むための木枠を有する襖の方が格式が高く、しっかりとしたものとして扱われました。
つまり、ふすまは簾・屏風から進化したと言えます。


襖の骨組
襖は、引手板・横框(打子)・堅框・堅子(堅組子)・横子(横組子)・力子(力骨)など、名称は地域や製作所によって若干異な るものもありますが、数多くの部材を組み合わせて作られています。しかしこれは、あくまで骨組です。ここから紙を貼っていき、 我々が普段目にする襖の姿になります。


骨組みに紙を貼る
骨縛り・打ちつけ貼り・裏貼り・べた貼り・袋貼り・上貼りという作業工程を経て襖は完成に至ります。下地に徐々に紙を重ねていき、最後に仕上げの上張りを行います。それぞれの紙は、次に張る紙の材質によって糊の量・貼り方を変えるといった職人技を必用とします。そして最後に縁・引き手を取り付ければ、襖の完成です。


襖の進化
本来は、たくさんの部材を組み合わせて作られてきた襖ですが、近年では、ダンボールや発泡スチロール・ベニヤ板・チップボール等を用いて、骨組を作る場合が有ります。全てを木で作るよりも軽く・簡単で安価に仕上がります。


動く間仕切り
襖は、和風住宅の部屋同士を仕切る建具です。もともと寝殿造の住宅で大きな空間を仕切るために作られ、その後の建築様式にも部屋同士の間仕切りとして利用されてきました。取り外しができる襖を部屋の間仕切りとして使うことで、自由に部屋の大きさを変えられます。このように空間の形を柔軟に変化させられることが日本の住宅の特徴の一つであり、それを実現させているのが、軽くて自由に動かせる襖の存在のおかげなのです。
また襖は、保温性や調湿性、有害物質を吸収する空気の清浄能力があります。そのため、冬には寒さを防ぎ湿度を補い、夏には室内を涼しく保って湿気を吸収してくれます。襖を間仕切りだけでなく押入れに使うのは、湿気対策としてとても有効だからなのです。これが、高温多湿の日本で、襖が長く使われている大きな理由の一つなのです。
部屋同士を仕切ること以外にも、襖には室内装飾としての役割があります。いわゆる襖絵は、日本の美術の一つのジャンルとして確立しています。襖絵の存在は和室の雰囲気を引き立てます。


絵を描けば芸術品に
平安時代の貴族の住宅は、部屋に仕切りを作らずに通気性を優先した、寝殿造でした。そこで、空間を仕切ったり、目隠しをするた めに、屏風や簾が使われており、当時、これら部屋の間仕切りに使う建具を総称して「障子」と呼んでいました。その中から、木と紙や布を材料として作られた間仕切りとして、襖障子(今で言う襖)が発明されたのです。当初は絹などを貼り、寒さをしのぐために柱と柱の間にはめ込んで使われました。
その後、唐紙(中国から輸入された厚手の紙)が使われるようになり、現在のような襖の形が出来上がりました。今でも、襖の事を唐紙と呼ぶ方もいらっしゃいますね。またこの頃、襖に絵が描かれるようになりました。鎌倉時代には、襖は引き違いで使われるようになり、開け閉めが容易になり、現在と同様の使い方が確立します。書院造りが完成した桃山時代には、襖は、寺院・城などで高価な和紙を大量に使って装飾され、芸術として襖絵というジャンルが確立しました。当時の作品の多くが現在も残っています。


和襖と量産襖の作りと性能の違い
現在の襖には、大きく分けて和襖と量産襖があります。これらは内部構造から違います。
和襖の木枠は組子構造と呼ばれる作りになっており、表・裏を交互に組み上げた離れにくい構造をしています。一方量産襖は、段ボール等の均質構造材を使います。このように、和襖は周囲の枠(かまち)と木材で組んだ中子(内部の部材)からできていますが、量産襖はダンボール、発泡プラスチックで出来ています。この違いは、襖紙の貼り方にも影響します。
和襖は、周囲だけに糊を塗り、ウケ紙と呼ばれる下地の紙を針釘で留めます。この時中央部は浮いた状態になりますので(浮かし貼り)、その上に襖紙を貼ると、内部に空気の層ができ、保温性、調湿性が生まれるのです。また、張替えも可能ですので、表張りを変えて楽しむ事が出来ます。しかし、量産襖は、糊で一面をべた塗りにするので、和襖のような機能はなく、張替えもできません。
襖紙の材料には、現在は鳥の子紙という上質の和紙か織物が使用されています。量産襖には、ビニールのクロスが用いられることもあります。




















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